
トップの創始者にして、現塾長・森部和行先生です。幼少のころより「神童」で名を売り、中学時代は意外にもサッカー部に所属。学生の頃よりいろいろな苦労を重ね、トップを開くことを決意。現在に至ります。
専門科目は理数だが,他科目にもどん欲に取り組み、その好奇心の旺盛さは年齢を忘れさせるほど。最近では、入試数学の証明研究に余念がありません(自他共に認める証明マニア)。世代を越えての人気の秘密は、ただ「教える」のではなく、常に生徒に「考えさせる」ことを第一に展開される授業と、正確で美しいフリーハンドの図形と活字のような板書にあります。
「自然を守る」という小さい頃の夢を変え、結婚を機にやさしくなったといわれる眼差し(現在はメガネ付き)で、いつまでも灯台の光のように、子どもたちを温かく見守り照らし続けることでしょう。
TOPのスーパーエース、増元秀男先生です。群馬県出身者が多いTOP講師陣の中で数少ない他県出身者。九州は宮崎県の出身です。しかも、今や時の人・東国原知事は同じ高校の先輩にあたります。
現在は理数を中心に教えていますが、実は専門は英語。かつては詩人を目指した文学者。
その迫力ある授業は見るもの、聞くものを圧倒し、パワフルな語りの波に乗ったらしめたもの、自分自身で考える力が身に付き、成績UPは間違いなし。また、生徒のみならず、その気配りから、講師からの信頼も厚い。世の中のトレンドにも敏感な方で、常に最新ニュースや新曲チェックは怠らないお茶目な面も。ただし、九州弁が出たときは要注意。九州男児の熱い血がたぎり、教室中をふるえあがらせることでしょう。好きな食べ物は、安心安全の宮崎名物・地鶏に、メロンパン。仕事に忙しく、家族との時間が少ないことが現在の悩み…。
今回は社会科主任の沢口知久先生の登場です。身長は180㎝をゆうに超える。TOPの「チェ・ホンマン」、「歩く人間エベレスト」。中高時代は剣道に打ち込み、常に相手を吹っ飛ばす必殺技の威力で、竹刀を折った本数は数知れず。その後、学生時代を、北は仙台で過ごし、原田先生(高校時代、一緒に汗を流した剣道部仲間)の紹介でTOPへ入社。その授業は、身体の大きさに比例し、壮大なスケールで展開される。ビビる大木も真っ青な切れの良いアメリカン・ジョークを交えて、高らかな笑いと共に、教室はアットホームな雰囲気に包まれる。甲高い声と縦横無尽の知識を駆使し、ユーモアあふれる授業で、常に教室はホッホッホッとの笑いの渦に。しかし、叱るときのスケールも半端ではない。顔を赤くし、目をカッと見開き、雄叫びが塾全体中に響き渡ります。まるで地が震えたのかと思うほどである。まさに人間活火山。
好きな食べ物は納豆ご飯。趣味は読書。最近はDVDを覚えたので、アメリカンドラマもよく見るとか。機会があれば、ぜひ、授業を通じて、社会の醍醐味を体験して下さい。
今回は数学科主任の碓氷健史先生の登場です。TOPのIT長官。パソコンのことなら何でもおまかせ。中学時代はスポーツ万能の野球少年。しかもエースで、球速140㎞近くの球を投げ、相手チームのバットを何本もへし折ったとかないとか。たまに手元がくるうと、さあたいへん。デッドボールを受けた相手チームの選手は病院送り。
それだけではありません。何と元TOPの塾生。森部門下生の一人なのです。その後、縁あって再びTOPへ。大学が数学科ということもあり、どんな複雑な数学の問題も、筋道の通った明確な解説で、解答に行き着くまでのプロセスをしっかり生徒に伝えます。曖昧な部分は一切残しません。まさに数学のプロフェッショナル。
現在はやさしい二児のパパ。来年は念願のマイホーム生活を計画中。
名前は「うすい」が、心は「あつい」。数学が苦手な君も得意な君も、一度数学の究極のスタイルを体験してみてください。
職業がら、小さいときから勉強ができたと思われがちですが、そんなことはなく、至って普通の成績の小学生でした。実際、私の時代は小学生のころから五段階評価で、5が二つ三つあって、後は4と3といったところ。普通のお家なら特に問題がなかったかもしれない。そんな中で、私が一番嫌いな教科は音楽であった。まあ、それでもがんばって4や3をとっていた。そうあの時までは…。悲劇は小学校4年にさかのぼる。当時の音楽の先生は兄を教えていた先生と同じ、ことあるごとに兄と比較され、私は大嫌いであった。そして夏休みを迎える一学期・最後の審判の日。担任の先生から通知票を手渡され、いつものことだがドキドキしながら開いてみると、あ、5が一つ増えてると喜んだ瞬間、私は凍り付いた。見慣れない数字があったのだ。それは音楽の欄に2という数字。え、何これ、もしかしてまずい。そう心でつぶやきながら 家への帰路についた。その足取りは重く、心の中には「大きなノッポの古時計」がBGMとして流れていた。♪夏休みを迎えるその日、渡された通知票、今はもう見せられない、その通知票♪ 家に着くとすでに兄・姉の通知票が置いてあり、いつものごとくオール5、嫌味か。私は渋々母親に通知票を手渡した。がんばったんだけど…とつぶやきながら。母は一息ついて「次、がんばりなさい。」といってくれた。私は助かったと思った。が、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。遠くから危険な声が…。
心も体も大型新人の片山秀則先生です。地元でもある旭小・中学校でバスケットで汗を流す。いわゆるスラムダンク世代。もちろん恩師は安西先生。風貌もちょっと似てるでしょう?「ホッホッホッ…あきらめたら,そこで試合終了だよ(ああ、名言だ)」。卒業後、地元の雄・太田高校へ。その後、某有名国立大学の法学部へ進学。大学時代は今をときめく行列のできる?法律相談所というちょっと怪しいサークルで、打倒・島田紳助をめざす。その後、縁あって、トップへ就職。新しくもつクラスの生徒の名前も入る前からすでに覚えており、その熱心さには頭が下がる思い。好きな食べ物はカレーライス。ちなみに嫌いな食べ物は里芋。小さい頃、友達に里芋爆弾を五発くらったからだそうです。ホント?現在のマイブームは、バッティングセンター通い。まさに平成のドカベン。皆さん,今後ともよろしくお願いします。
「まっちゃん」の呼び名ですっかりお馴染みの松本幹彦先生。増元先生と混同しやすい名前のため、原田先生が名付けた呼称がすっかり定着。
機関銃のように浴びせられる言葉の弾丸に、生徒は一歩も動けず。若くフレッシュな熱意から、ほとばしる大量の汗と共に教室全体はさながらサウナ状態。もちろん、クールダウンも忘れず、時には、弾丸ジョークも飛び出す。出身は群馬県伊勢崎市。小中は剣道部に所属。剣道つながりということで、原田先生、沢口先生とも剣道談義に花が咲き、最近では仕事の合間にシャドウ剣道にも勤しむ。また、高校時代はサッカーのユースクラブに所属し、青い戦士を志す。
大学時代にアルバイトとして経験してきた家庭教師や塾講師の手腕を買われ、我がトップ進学教室がハンティングに成功した将来を期待される有望株。一方で、群馬テレビのフロアディレクター、などのマスコミ関連の仕事にもその名が知られているウラ業界人。芸能ネタで右に出る者はいない。少年時代に目を輝かし、見ていた刑事ドラマの影響で、大好きな食べ物はカツ丼。現在のマイブームはJAZZやクラシックをこだわりのスピーカー・システムでまったりと聞き、休日はフットサル、海釣りにでかけるというイン・アウト両方を兼ね備えた行動派。
本名は坂口直樹。上杉謙信や直江兼継と同郷の越後は新潟県出身。高校時代に方言に興味を持ち、それを極めんと志し、富山、そして大阪の大学院まで方言行脚する。青春時代を研究や調査に明け暮れて過ごす学者肌の持ち主。無論、様々な方言を使いこなすエキスパート。しかして、その実態は?鉄道好きの「てっちゃん」なのだ。休日には、北海道から九州まで日本全国を鈍行列車で巡る旅。まさに《♪リアルぶらり途中下車の旅》。一見、温厚そうに見えるが、一度メラメラと火がつけば、まさにポッポッーと煙をモクモクとあげ、熱血授業を烈火のごとく開始する。つぶやく、叫ぶ、またつぶやく。落ちない、めげない、あきらめない。もちろん授業の脱線は許しませんよ。ああ、でも電車について話すと脱線しちゃう。好きな食べ物は、地元新潟の魚沼産コシヒカリで炊いたほっかほっかのご飯にコロッケなり。お酒は越乃寒梅をグビっと。新潟県民の義と愛の精神をもって、日夜、生徒のためにすたこらサッサッと塾内を走り続ける、通称「グッさん」を皆さんよろしくお願いします。